2020.05.25

リーガで成長していた家長昭博。
自信があった2年目に事態は急転する

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 現役時代はバルサなどで活躍したテクニシャン、ミカエル・ラウドルップ監督が高い評価を与えるほどだった。

 2年目の2011-12シーズンは勝負と目されていた。

「1年目のプレービデオを見て、あかんところを徹底的に分析しました」

 そう語る家長は準備万端だった。

「ひとつは、トレーナーから『走り出しの一歩目の歩幅が大きい』と指摘されて、体の使い方や足さばきを改良し、歩幅を調整しました。もうひとつはターン。自分は右にターンするとき、もたつく癖があった。なので、体の倒し方を工夫しました。走り出しの加速が改善され、ターンのステップも合ってきて、やれるんちゃうか、と」

 家長は、スペイン挑戦と真摯に向き合っていた。

 ところが、その立場は急転する。開幕直後、ラウドルップ監督がフロントと衝突し、解任の憂き目にあうのだ。新監督ホアキン・カパロスは、日本人MFをはなから構想に入れていなかった。

 家長は12月まで、出場はわずか4試合。そのうちの2試合は開幕直後のラウドルップ時代だった。得点は0だ。