失ってわかるスポーツの意味。試合がなくなりメンタルヘルスに影響も (2ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 フランスの社会学者エミール・デュルケイムが『自殺論』を発表したのは、1897年のことだ。この本は自殺をテーマにした初のまともな社会学的研究であるばかりか、あらゆるテーマのなかでほとんど初のまともな社会学的研究だった。

 この著書でデュルケイムは、人は環境の大きな変化を経験したときに、自ら命を絶つことがあると論じている。そのとき彼の頭にあったのは、離婚や伴侶の死、経済的な困窮などだった。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウン(都市封鎖)は、誰にとっても突然の大きな変化だ。大量の失業を招き、前例がないほど多くの人々を孤立させている。

 しかも、僕たちは危険な季節を迎えている。北半球でもっとも自殺者が多いのは、昔からたいてい5~6月なのだ。

 この点に比べれば、スポーツが停止していることは小さな要因にも思えるが、軽く考えるわけにはいかない。スポーツが消えたことによって、多くのスポーツファンが自分の属する唯一のコミュニティーを失ったのだ。彼らはこの状況をどう乗り切るのだろう。

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