2020.01.21

三浦泰年がブラジルでサプライズ。
田舎チームが奮戦、選手に伝えたこと

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳translation by Tonegawa Akiko

 ソコーロが各州トップクラスの強豪でなく、やっと"普通"のチームと対戦できたのは、残念ながらすでに敗退が決まってからだった。これほどクジ運に見放されるとは、ヤスもその選手たちも思っていなかったろう。

 3戦目の相手はヴィリェネンセ。ブラジル北部ロンドニア州のチームだ。すでに敗退が決まったチームはモチベーションを保つのが難しいが、ヤスはそれをやりとげた。ソコーロはヴィリェネンセに1-1で引き分け。3戦全敗からも、無得点からも免れた(全敗のチームは20、無得点のチームは38もあった)。

 3試合で勝ち点1という成績を手に、ソコーロは故郷に帰った。この3試合の間に、ヤスは少なくとも20のインタビューは受けていた。そのうちのひとつはブラジルの有名なスポーツチャンネル、SporTVだ。

インタビューの中でヤスはこう言っていた。

「これはどこにでもあるようなユースの大会ではない。ネイマール、カゼミーロ、カカ......世界で名を馳せた選手たちの登竜門となってきた大会だ。参戦を希望するチームは星の数ほどあり、そのために何年も待つこともある。この大会でチームを率いることは簡単なことでない。まず何より大会の期間が長い。1カ月近く続き、参加するチームは127だ。世界有数のユース大会と言ってもいいだろう。この名誉ある大会で、私は監督、選手合わせて、唯一の日本人だった。このことを非常に嬉しく思う。とても大きな挑戦だった」

 ヤス監督は選手たちへの思いを続けた。

「私の選手たちは持ちうるすべての力をピッチで見せた。彼らにとっても、これは今後プロとしてプレーできるかもしれない大きなチャンスだ。人生がまったく変わる可能性を秘めている。ブラジルと日本のサッカー界で仕事をするうちに学んできたものを、何らかの形で還元できたらと思う。異なる文化を、私の経験によってひとつにできたら嬉しい」

 ヤスは大会に敗退したが、個人的にはふたつの収穫を勝ち取ったはずだ。

 ひとつは知名度と人気。ソコーロのあるセルジッペ州では、彼はすでに有名人だ。特に最後の試合を引き分けに終えたことは、この町に喜びをもたらした。ヤスが町を歩くと、「写真を撮ってくれ」という声があちこちからかかるそうだ。