2019.10.18

セレソンの呪い? ブラジル代表歴代
主将を次々に襲う不運と不幸の連鎖

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳translation by Tonegawa Akiko

 入場の際、ドゥンガの顔は苦虫を噛み潰したようだった。彼がいら立っているのは、はた目からもよくわかった。この試合でロナウドはいいプレーができず、ブラジルは0-3で負けた。なぜザガロもドゥンガも、ロナウドに「プレーすべきでない」とはっきり告げなかったのか。今日でもそのことは論争の的となっている。その日を最後に、ドゥンガは代表のキャプテンマークを巻くことはなかった

 ちなみにドゥンガは2010年、監督としてW杯に舞い戻る。だが、ベスト8で敗退しただけでなく、チームのコントロールも失い、多くの非難を浴びて、大会後すぐに解任。2014年には再び代表監督に戻っているが、この時も結果を出せず、メディアと喧嘩をし、スポンサーと問題を起こし、選手たちとも不和になって解任された。それ以来、ドゥンガは監督の仕事から遠ざかっている。サッカー関係では仕事の声がかからない状態が続いている。

 2002年日韓W杯では、歴代キャプテンの中でも最もフレンドリーな男がセレソンを率いた。カフーだ。彼はW杯3大会の決勝でプレーし、2回は世界チャンピオンになり、横浜の地で優勝カップを掲げた。ブラジル代表の選手としてW杯20試合に出場、代表キャップ数は142と歴代最多。それ以外にも多くのタイトルを手に入れてきたカフーだが、彼もまた不幸に見舞われる。

 5カ月前に、ブラジルの税務署に訴えられ、5つの不動産を差し押さえられた。1カ月前には長男のダニーロを亡くした。家の前でミニゲームをしていた時の、突然の心臓発作だった。さらに最近は、土地の売買をめぐって反社会勢力から金をもらった疑いで警察から調べられている。

 2018年ロシアW杯、ブラジルのキャプテン事情は最悪だった。1戦目はマルセロ。2戦目はチアゴ・シウバ。3戦目はミランダ。4戦目はもう一度チアゴ・シウバ、5試合目はまたミランダ......そうこうしているうちにブラジルは敗退した。さしてリーダーシップを発揮したとも見えない彼らにも、非難の目が向けられたのはもちろんだ。

 こうして見ると、世界に名だたるブラジル代表のキャプテンになるというのも、それほどいいものではないのかもしれない。ダニエウ・アウベスが不運に見舞われないことを祈らずにいられない。

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