2019.10.17

イブラヒモビッチが貫く俺様道。
「王のように来て、伝説として去る」

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by AFLO

 バルセロナのプレースタイルの源流はアヤックスだ。サミュエル・エトーを手放して獲得したイブラヒモビッチは、バルサにとっても待望のセンターフォワードだった。リオネル・メッシを本来のポジションである右ウイングでプレーさせることもできる。ところが、最高のマッチングのはずの補強は、微妙なズレから決別を迎えることになった。

「コーチは言うとおりにする選手を好む。学校で10歳の子どもに『ジャンプしろ』と言えば、子どもたちはジャンプしようとするけど、頭のいい子は聞くのさ。『なんでジャンプするの?』とね。それは多くのコーチにとって厄介なのさ」

 一介のプロフェッショナルとしてイタリアの修羅場を勝ち抜いてきたズラタンにしてみれば、バルセロナは「学校の寄宿舎」にしか見えなかった。メッシやシャビが、奇妙なルールに素直に従っている様が不思議だった。

 練習場への乗り入れが禁止されていたスポーツカーで乗り込み、オフにはスノーモービルを爆走させて全身凍傷だらけで戻ってきて、ジョゼップ・グアルディオラ監督を絶句させた。

 選手としては最高のマッチングだったが、人としては最悪だったようだ。かつてのバルサには悪童の系譜もあり、ディエゴ・マラドーナは友人の記念試合への参加を拒否された腹いせにクリスタルのトロフィーを破壊している。ワールドカップに優勝するとロマーリオはブラジルから戻ってこなかった。選手より遊び人が本業のようなロナウジーニョもいた。

 だが、グアルディオラ監督になってからのバルサは品行方正な「学校」となり、ズラタンは明らかに異端児だったわけだ。

 異端児扱いには慣れている。しかし、メッシが中央でのプレーを希望すると、ズラタンの居場所はなくなってしまった。メッシのための囮など、プライドが許すはずもなかった。