2019.05.02

大久保嘉人、鬼門の地でデビュー戦ゴール。
欧州へ渡った平成の選手たち

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki photo by AFLO

平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン 
【2005年1月 マジョルカvsデポルティボ・ラ・コルーニャ】

 歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動……。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。数多くの勝負、戦いを見てきたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。

スペインでのデビュー戦でゴールを決めた大久保嘉人(当時マジョルカ) 2005年1月9日に見た風景は、今も忘れられない。地中海に浮かぶマジョルカ島で、当時22歳だった大久保嘉人(現ジュビロ磐田)が勇躍していた。時代を駆ける閃光のような眩しさがあった。

 当時、リーガ・エスパニョーラは日本人サッカー選手にとって、最後に残る鬼門のひとつになっていた。

 1990年代末から中田英寿(イタリア)を筆頭に、中村俊輔(イタリア、スコットランド)、小野伸二(オランダ)、高原直泰(ドイツ)、松井大輔(フランス)らが、欧州各国リーグで、扉を開きつつあった。しかしスペインの壁は高く、中にはほとんど一度もピッチに立てないまま「引きこもり」と揶揄され、去っていった者もいた。

 ところが大久保は、そのデビュー戦で颯爽と得点を決めてしまった。クロスボールに対し、相手ディフェンダー2人の間に入って、マークをあやふやにし、ボールを呼び込む。そして動物のように俊敏に高く跳び上がって、頭でボールを叩き、ネットを揺らした。

 筆者は、肌が粟立ったのを覚えている。

 対戦相手が、当時は欧州チャンピオンズリーグで大物食いを続けていたデポルティボ・ラ・コルーニャだったこともあるだろう。しかし、それだけではない。大久保は前半から相手を翻弄。それに苛ついた敵ディフェンダーの洗礼を受けていた。膝を狙った危険なタックルを浴び、スパイクのポイントでざっくりと肉をえぐり取られてしまった。しかも、骨が露わになるほどに。

「プレー続行は無理」

 ドクターからは当然、いさめられた。にもかかわらず、本人は断固として「出る」と主張。応急処置としてホッチキスで皮を合わせ、流血を止め、後半にゴールを決めた。その晩、傷口は膿んで、悪夢に唸ったという。