ファンは置き去り。アーセナルの大富豪
オーナーの強欲さが無慈悲だ

  • ジェームス・モンタギュー●取材・文 text by James Montague 井川洋一●翻訳 translation by Yoichi Igawa

 そしてクローンキーは香港への出張の際、手に取った新聞に載っていたプレミアリーグの記事に惹かれ、国外のスポーツ・フランチャイズ事業に乗り出すことを決断。そのクラブがアーセナルだった。

 ただしアーセナルではすでに、ウズベキスタン出身のオリガルヒ(ロシアの新興財閥)で世界屈指の大富豪であるアリシャー・ウスマノフが幅を利かせており、クローンキーがクラブの実権を完全に掌握するまでには時間を要した。それでも2011年には、アーセナルの最大の株主となった。

 しかし、クローンキーがスポーツ・フランチャイズ事業をどう捉えているのかは、同時期にセントルイスで起こったことを見るほうがわかりやすい。2008年にラムズのオーナーのフロンティア女史が急逝すると、クローンキーはクラブの残りの株式を7億5000万ドル(約830億6000万円)で取得。NFLのルールに従って、国内の他のスポーツクラブの権利は息子に譲った。

 このとき、クローンキーはミズーリの人々に向けて、情熱的に訴えている──自分は生まれも育ちもミズーリで、ラムズをセントルイスに移すことができて非常に光栄だ、と。ところが舌の根も乾かぬうちに、彼は州に新スタジアム建設費を税金で賄うように迫り、さもなければ、別の都市にフランチャイズを移すと脅したのである。

 これは、アメリカのスポーツ・フランチャイズにおけるオーナーたちの常套手段だ。スタジアム建設に関する巨額の公共資金が単独オーナーの懐に収まる事情を説明した名著『Field of Schemes』の著者ニール・デモーズによると、アメリカの納税者は地元のクラブが立ち退いてしまわないように、年間総額20億ドルをオーナーたちに支払っているという。スタジアムは税金で建設させ、その利益はオーナーがすべて手にする、という不条理だ。

 ユナイテッドの現オーナー、グレイザー家も過去にNFLのタンパベイ・バッカニアーズのフランチャイズ権を取得し、州に税金で新スタジアムをつくらせた。そして、多くが中流以下の暮らしを営むフロリダ州の人々の税金は、世界でも有数の富豪をさらに潤すことになったのである。グレイザー家はその後、レバレッジ・バイアウトという際どい手法で、イングランド、いや世界で最も誉れ高きクラブのひとつを手中に収めた(詳細はこちらから>>)

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