2019.03.13

ストイコビッチの右腕が中国サッカーを警戒。「日本の脅威になる」

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi

広州富力のコーチ兼アカデミーディレクターを務める喜熨斗 photo by Igawa Yoichi 以降、複数のJクラブや大学の指導、三浦知良(横浜FC)のパーソナルコーチなどを経て、2008年に名古屋グランパスに招聘される。ピクシーの補佐を6年間務め、クラブ史上唯一のリーグ優勝を支えた。

 ストイコビッチが去った後も、名古屋で西野朗監督のアシスタントを務めていた彼に、広州富力から声がかかったのは約3年半前。2015年シーズンの成績がふるわず、その年の8月にチームの新指揮官に就任した”元上司”のピクシーから、コーチ就任の要請を受けたのだ。喜熨斗は「待遇はそこまでよくないけど、海外で仕事ができることはやりがいがある。好きな英語も使える」と考え、海を渡った。

 ただ、当初は2年半の契約と言われていたにもかかわらず、「来てみたら2カ月だった。(チームが1部に)残留しなかったら、その次はなかったわけです」と振り返る。体重が7キロ減った”パニック”のような日々をなんとか乗り越え、チームが中国スーパーリーグ(CSL)残留を果たすと、今度は育成組織の設立を相談された。そのノウハウを知る彼は、「じゃあ、僕が全部やりますよ」と引き受け、文字どおりゼロから始めていった。

「練習は週2回で十分だよね? セレクションって何? そんなところからのスタートでした(笑)。最初の練習会には、長靴やバスケットボールシューズを履いた子がけっこういましたよ」

 それでも持ち前のポジティブな姿勢で真摯に取り組み、指導陣には菊原志郎やデイビッドソン純マーカス、吉武剛ら、つながりのある日本人を口説いて呼び寄せた。

「彼らも全員、英語で指導をしています。サッカーは世界のスポーツなので、世界の共通言語の取得はマストと言えるんじゃないでしょうか」

 アカデミーのコンセプトは、世界に通用する選手の輩出。技術、判断力、思考力はもちろん、”絶対的な武器”を体得させようとしている。「それは教えられないことなので、じっくりと見守るしかない」ものだと喜熨斗は語る。

 3年前にできたアカデミーのクラブハウスには、すでに多くのトロフィーがある。日本人指導者と彼らに教わる地元の少年たちの成果だ。ただ、勝利を重ねることによって、フロント側との齟齬(そご)が生まれているという。

「結果が出ていることによって、さらに勝利を求められるようになっています。『育成はそういうものではない』と言っても、なかなか理解してもらえない。それが今、僕らが直面している壁ですね」