名門クラブの救世主だった富豪は、
なぜ「サポーターの敵」になったのか?

  • ジェームス・モンタギュー●取材・文 text by James Montague 井川洋一●訳 translation by Yoichi Igawa

 ゴールドとサリバンはその後、前述したとおり、2010年1月にウェストハムの株式の半数を手にした。当初、ファンは彼らを歓迎したが、ロンドン・スタジアムへの本拠地移転の契約が明るみになると、人々の心は離れていった。

スタジアムは約7億100万ポンド(約1367億円)をかけて建造されたが、ウェストハムが支払ったのは改修費の1500万ポンド(約29億3000万円)のみ。残りは税金と、地元議会、政府などの支払いでまかなわれたことになる。そのスタジアムはウェストハムに99年間リースされることになり、年間の支払いはたったの250万ポンド(約3億7000万円)だ。

 ウェストハムだけがこれほど有利な条件を受けることになり、近隣のトッテナム・ホットスパーやレイトン・オリエントFCは憤慨した。しかしながら、いくつかの法廷闘争はあったものの契約は履行される運びとなり、ウェストハムは2016-17シーズンから6万人収容のホームスタジアムを得た。

 だがそこには失われたものもある。試合日のブーリン・グラウンドの内外にあった刺激的な雰囲気は、近代的でビジネス色の強い空気に変わり、ピッチを囲むトラックは観客と選手の距離を遠くした。多くのサポーターは不満を隠さず、チームのパフォーマンスも低調。今年3月にバーンリーに0-3で完敗した際には、怒気を含んだ大きなブーイングがゴールドとサリバンに浴びせられた。

 その後、降格を免れたクラブはオフに多額の資金を投じて複数の新戦力を獲得。マヌエル・ペジェグリーニを新監督に迎え、新エース候補のフェリペ・アンデルソンにはクラブレコードとなる3500万ポンド(約49億8000万円)の移籍金を費やした。

 それでも足取りは相変わらず不安定で、リーグ第12節を終えた時点で3勝3分6敗の13位。ゴールドとサリバンはたしかにクラブを財政難から救ったが、新たな本拠地への移転は多くの敵をつくり、チームの成績もあまり変化はない。伝統を失ってまで近代化を推し進めたクラブは、どこへ向かっていくのだろうか。

■著者プロフィール■
ジェームス・モンタギュー

1979年生まれ。フットボール、政治、文化について精力的に取材と執筆を続けるイギリス人ジャーナリスト。米『ニューヨーク・タイムズ』紙、英『ワールドサッカー』誌、米『ブリーチャー・リポート』などに寄稿する。2015年に上梓した2冊目の著作『Thirty One Nil: On the Road With Football's Outsiders』は、同年のクロス・ブリティッシュ・スポーツブックイヤーで最優秀フットボールブック賞に選ばれた。そして2017年8月に『The Billionaires Club: The Unstoppable Rise of Football's Super-Rich Owners』を出版。日本語版(『億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム』田邊雅之訳 カンゼン)は今年4月にリリースされた。

(つづく)

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