名門クラブの救世主だった富豪は、
なぜ「サポーターの敵」になったのか?

  • ジェームス・モンタギュー●取材・文 text by James Montague 井川洋一●訳 translation by Yoichi Igawa

「我々はどちらも売れ行きのいい複数の雑誌を持っていて、各書店のもっとも目立つ棚を奪い合っていた」とゴールドは振り返る。「しかし、その一本の電話がすべてを変えた」

 手を組んだゴールドとサリバンはその後、40年にわたって利益の高いビジネスを共同で続けている。

 ただし、物事が常にスムーズに進んできたわけではない。ポルノグラフィーはしばしば、女性を不当に利用したものと糾弾され、露骨な性描写によって儲けるビジネスの倫理面を問題視されてきた。前述したとおり、ゴールドはそれらの件で咎められながらも腕利きの弁護士に救われてきたが、サリバンには塀の中で過ごした期間がある。1982年に不道徳な稼業で有罪判決を受け、71日間、刑務所に入った。

 彼らが最初に着手したのは、全国紙『サンデー・スポーツ』と『デイリー・スポーツ』の創刊だった。どちらもヌード写真やセクシーな広告、大げさなヘッドラインで溢れ、ゴールドに言わせると「カルト的な人気」を博し、全盛期には週に150万部を販売。彼らは2007年に5000万ポンド(約117億5000万円)で2つの新聞の権利を売り、2011年には廃刊となっている。

 2人がフットボールの世界に足を踏み入れたのは1991年。ウェストハムの株式の29.9%を取得した。だが、クラブ側から無言の反対を貫かれてそれ以上のシェアの獲得はできず、取得した分を2年後に275万ポンド(約4億5000万円)で売却し、それを元手にバーミンガム・シティFCの経営権を手にしている。

 当時のバーミンガムは3部降格の危機に瀕し、本拠地セント・アンドルーズ・スタジアムは改修が必要とされていたが、ゴールドとサリバンはこのクラブを"眠れる巨人"と見ていた。新たな経営陣のもと、スタジアムには真新しい座席が取り付けられ、財政難も払拭し、最終的にはプレミアリーグへ昇格。しかし、ファンは最後までゴールドとサリバンを受け入れなかった。そして2009年に香港の投資家がバーミンガムに興味を示すと、彼らは8100万ポンド(約118億3000万円)でチームを売却している。

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