ムバッペが育った「郊外」に、フランス社会の立ち直りを見た (2ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 バンリューではイギリスの貧しい地域よりも、国の存在が強く感じられる。息子たちをグラウンドまで車で送った後、僕はたいてい試合前にコーヒーを飲む店を探すのだが、バンリューの目抜き通りでは「地下鉄駅建設予定地」という看板を目にすることが多い。

 完成予定日はたいてい2025年前後になっている。ヨーロッパ最大の公共交通網となる「グラン・パリ・エクスプレス」が、このころ開通する予定なのだ。今まで貧しいバンリューとパリの中心部の間には「見えない壁」があると言われてきたが、このプロジェクトでバンリューは一気にパリ首都圏に組み込まれる。

 フランスは立ち直りつつある。ワールドカップ決勝の後に国中の通りで繰り広げられたパーティーは、2015~16年に頻繁に事件を起こしたテロリストたちから、フランスが公共の場を取り戻したことを示している。

 ずいぶん長い間、フランス人は「悲観主義」の世界チャンピオンだった。新年に世論調査を行なえば、「今年は昨年より悪い年になる」と答える人の割合が群を抜いて高そうだった。しかし2016年の後半あたりから、そんな空気にも変化が見えてきた。

 今では、フランスと自分との両方に好感を持たせるよう振る舞える指導者までいる。エマニュエル・マクロン大統領は、幸運をもたらしそうな男だ。前任のフランソワ・オランドがまだ大統領の座にいたら、フランスはワールドカップを獲得できなかったのではないかとさえ思えてくる。

 それでも、今のムードは永遠には続かない。またテロ事件が起こり、景気後退があり、南アフリカ大会のときのように態度の悪いフットボール選手も出てくるだろう。

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