ハリルともニシノとも違う、ブラジル
全国民が支持する「無敗監督」

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

 監督就任後、何よりも先に彼がしたのは、選手ひとりひとりと個別にじっくり話をすることだった。彼は選手たちのすべてを知りたがった。その後、彼はヨーロッパからアジアまでを旅し、世界の主要な選手たちのプレーをその目で見て、そのデータと分析をコンピュータに打ち込み、膨大な資料を作り上げた。また、ブラジルの1万7000のシュートシーン、パスシーン、その他の動きを録画し、研究してそれを試合に生かすようにした。

 その間も彼は選手たちとの対話を続けた。彼が一番重きを置いたのは、勝つことではなく、楽しくプレーできること、仲間と楽しくサッカーができることだった。ともにサッカーを楽しむことができれば、そのチームは最大の力を発揮する――というのが彼の理念だ。

 そのためにチッチは、選手たちにどのポジションでプレーするのが一番好きかを尋ねることも忘れなかった。こうしたチッチのチーム作りのもと、選手たちは笑顔を取り戻した。監督の前では誰もが素直になれたし、何より自分の一番好きなポジションで、自分の好きなプレーができるようになった。監督が一方的に押しつけるサッカーではなく、選手自身が望むサッカーになったのだ。

 チッチは常に選手たちに言っている。「君たちは好きにプレーしていい。他人がどんなプレーを自分に望んでいるか、そんな忖度(そんたく)はしなくていい。やりたいことはすべてやりなさい。自分の望むプレーをすることは決してエゴではない」と。

 とはいえ、チッチがまるで野放図に選手にプレーさせているわけでは決してない。彼は戦術にも精通し、状況に応じて素早くフォーメーションを変化させることに長けている。彼の優秀なところは、彼の望むサッカーと選手の望むサッカーをシンクロさせたことだ。

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