ベンゲルのようにクラブのすべてを掌握する人物は、もう現れないだろう (2ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

「わかっただろう。チャンピオンズリーグで勝つには、ごく普通のチームでいいんだ」

 数学の学位も持つ彼は、一発勝負の大会では運が大きくものをいうことを知っていた。ベンゲルはその運に恵まれず、究極の栄冠を勝ち得ることもなかった。

 最後のシーズンのベンゲルは、あまりにもベンゲルらしすぎた。クラブにはこのベンゲルらしさを抑えられる人間が、ひとりもいなかった。

 ベンゲルが選手にあまり金を使わない倹約家であるため、アーセナルの手元にあるキャッシュは1億4430万ポンド(約216億円)と、フットボール史上最高の額に達している。生まれついての教師であるベンゲルは、自分が伸ばしてやれそうな才能ある若手を買い続け、すぐにでもトロフィーの獲得に使えそうだが、高くつく大物選手には手を出したがらなかった。

 もっと金離れのいいチームの選手たちが、自分の見つけた"神童"たちを打ち負かすのを目の当たりにすることも増えてきた。そんなときのベンゲルは、戸惑いを覚えている、老いた「元・改革者」のように見えた。パイオニアに2度なれる人間は、めったにいるものではない。

 ベンゲルのようにフットボールクラブのすべてを掌握する人物は、もう現れないだろう。アーセナルは、彼の退任によって生じる穴を埋めるため、何人もの人間を雇うことになる。

 多くの敗北もあったにせよ、ベンゲルはフットボールを変えた独創的な精神の持ち主だった。


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