内田篤人、ウニオン・ベルリン移籍。笑顔に隠されたウッシーの葛藤 (3ページ目)

  • 了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko photo by KYODO

 始まった2017~18シーズン。ドイツ国内で行なわれた練習試合では、内田は1試合目の後半から出場。2試合目はフル出場を果たしている。ところが、これらの試合では3バックの左で使われた。選手たちにいくつものポジションで適性を試しているとポジティブに受け取ることも、この頃はできていた。だが、その後の中国遠征でも3バックの左での起用が続く。すると今度は、オプションでの適性を試されているというより、本職の右では考えてもらえていないのではないかとの疑念が湧いてくる。

 本職でチャンスがもらえないのだから、失望は大きくなる。その後、7月30 日、オーストリア合宿中に行なわれたエイバル戦、さらに翌週のクリスタルパレス戦ではメンバー入りはしなかった。乾貴士(エイバル)を相手に「右で試してもらえれば!」と思わず出た台詞は、心からのものだった。

 全力を尽くした上で、これだけの客観的事実がそろった。内田にはシャルケとの残り1年間の契約を全うするという選択肢もあったが、選手として出場機会を求めた。ワールドカップの日本代表メンバー入りを目標に「時間がない」と決断した。

 入団発表翌日の8月22日。ウニオン・ベルリンの初練習に参加した内田は、「1部で探してもよかったけど、シャルケと対戦するのもね......」と漏らした。1部に獲得する意思のあるチームがあれば、もちろんそこに行ったのだろうが、今もそう言うほど、内田はシャルケのことを大切にしている。そんな思いがありながら、純粋なアスリートとしての試合への欲求が、全てに勝ったというのが今回の移籍だろう。

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