アーセナル「青田買い」の黒歴史。浅野拓磨のリミットは2年か (4ページ目)

  • 中山淳●取材・文 text by Nakayama Atsushi
  • 山添敏央●撮影 photo by Yamazoe Toshio

 フランスが誇る育成アカデミーのひとつであるクレールフォンテーヌ出身のアリアディエールが、アーセナルに青田買いされたのは1999年――16 歳のときだった。ところが、将来のフランスを担うタレントとして注目を浴びながら3年目でトップデビューを果たすも、その後4シーズンでわずかな出場機会しか得られずにいると、7年目の2005-2006シーズンからセルティック、ウェストハム・ユナイテッド、ウォルバーハンプトン・ワンダラーズといった クラブにレンタル移籍を繰り返し、ついに2007-2008シーズンにアーセナルを退団。その後、完全移籍したミドルスブラで実績を積むことはできたが、以降はフランスのロリアン、カタールのウム・サラルというクラブを渡り歩くこととなってしまった。

 それ以上に厳しい道のりを辿ったのは、ベントナーと同期で入団したイタリア人FWのアルトゥーロ・ルポリだ。17歳にしてパルマからアーセナルに移籍を果たしたルポリは、初年度にリーグカップでデビューを果たすも、基本的にはリザーブリーグでプレー。ただ、リザーブリーグで目覚ましい活躍をしたことで、2年目にプレミアリーグデビューを飾ることに成功した。

 しかし、出場機会はわずか1試合のみで、3年目にはダービーにレンタルで出され、2007年1月に地元イタリアのフィオレンティーナに完全移籍。そこでも実績を積むことができずに、その後はイタリアやイングランドの下部リーグでプレーを続けるという末路を辿っている。

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