政治的確信犯が試合を破壊した。悲しきユーロ2016予選の背景 (2ページ目)

  • 木村元彦●取材・文 text by Kimura Yukihiko

 拙著『終わらぬ民族浄化』にルポとして記したが、コソボにおけるセルビア軍撤退後、約3000人以上のセルビア人がKLAに拉致され殺害されている。そのうちの多くとKLAに不服従なアルバニア人はアルバニア本国に連れて行かれ、簡易手術所(通称「黄色い家」)で内臓を取られて臓器密売の犠牲になっていることが、スイス人のユーゴ国際戦犯法廷の主任検事カルラ・デル・ポンテによって報告されている(これには国家犯罪として元KLAのコソボのタチ首相も関与していることを欧州議会のディック・マーティ調査報告担当議員は指摘している)。大アルバニアはコソボのみならずセルビア南部のプレシェボ、メドベジャ、ブヤノヴァツまでアルバニアに併合させられることを意味する。

 繰り返すが、ラジコン機を飛ばしたのが、ボディチェックの無いVIP席に陣取る政府の要人であったならば、これはもはやサッカーの政治利用ではなく政治によるサッカーの破壊である。あの旗をベオグラードのピッチの上で飛ばせばどうなるか、分かっていないはずがない。目的は相手選手へのプレッシャーをかけることではない、最初から試合の破壊を目論んでいた、と言えよう。

 政治的衝突を考慮して対戦を回避させなかったUEFAを非難する声もあるが、同意しない。それを始めるともはや「スポーツと政治は別」という原則をIF(国際競技団体)が自ら崩してしまうことになる。1999年秋に行なわれたユーロ2000予選、クロアチア対新ユーゴのザグレブ決戦は政治状況(両国は直接内戦で戦っている)も試合の重み(勝った方がユーロ出場のプレーオフに回る)も今回の数倍熱いものであったが、見事に運営された。セルビアとアルバニアは直接、戦争をしたわけでもなく、予選も序盤である。

 EUのメディアでは挑発に乗って暴れたセルビアフーリガンの凶暴さを強調する報道も多い。もちろん非難すべき対象だが、発端となった、ただ試合を壊すことを目的に組織的に旗を飛ばした「政治家」の罪を真っ先に弾劾しないと事件の本質を見誤る。国境の変更や領土拡大をしたいのなら、ブリュッセルでの外交で折衝すべきだが、第二次大戦後の国境をここまで大きく変えるという主張自体が荒唐無稽であることを理解しているからスタジアムに来るのだ。

 ほとんどのアルバニア人は人懐こく友好的だ。少なくとも私が出会ったコソボやアルバニアの選手たちはKLAと距離を置き、大アルバニア主義の主張など微塵もしていなかった。昨年、インタビューしたコソボ協会の会長ファデル・ヴォークリ(ミルティノビッチ、オシムに召集された元ユーゴ代表)もセルビアとの親善試合さえアイデアに挙げ、最重要課題として「コソボとしてのFIFA加盟」を訴えていた。領土拡大など望んでいなかった。

 帰国したアルバニア選手団を多くの市民が空港で英雄として大歓迎で迎えたという。しかし、選手のことを考えるならば本来やるべきことはユーロ2016への道を閉ざしかねない暴挙を働いた自国の「政治家」への抗議と批判であろう。これではアルバニアの選手も完全に大アルバニア主義者の一員にされてしまう。2013年にコンサドーレ札幌ユースチームも出場したスウェーデンでのゴシアカップのU-12ではコソボを代表したジャコバが優勝している。あの少年たちもまた政治に巻き込まれてしまうのだろうか。扇動されて火がついてしまったこのイデオロギーはモンテネグロやマケドニアまで巻き込む覇権主義に行きつく。コソボを再び火薬庫にしてはいけない。バルカン半島の秩序安定のためにも毅然とした調査と措置が必要だ。

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