W杯の物語。ブラジルはなぜサッカー王国になったのか (2ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 アンドレアス・カンポマルの『ゴラゾ!(ゴール!)──ラテンアメリカ・フットボールの歴史(Golazo!: A History of Latin American Football)』は、なかでも最も広がりのある本だ。広がりがありすぎると言えなくもない。ロンドンの出版界で仕事をしているウルグアイ人のカンポマルは、おそらく図書館で長い時間を過ごし、今まで忘れられていた試合やシーズン、大会を細かく掘り起こしている。

 それでもカンポマルの著書は、ブラジルという国の物語にわかりやすい視点を与えてくれる。19世紀の南アメリカ経済で大きな存在だったイギリス人がブラジルにフットボールを広めるペースは、もっと開けていたアルゼンチンやウルグアイに比べてゆっくりしたものだった。ブラジルが追い着いたのは1920年代後半になってからだ。

 しかし虐殺と奴隷制の上に築かれたこの国では、当時でさえ白人は黒人にフットボールをさせたがらなかった。とりわけセレソン(ブラジル代表)はほとんどが白人選手だった。1950年にリオデジャネイロのマラカナン・スタジアムで行なわれたワールドカップの事実上の決勝でブラジルがウルグアイに悲劇的な敗北を喫すると、黒人のGKモアシール・バルボーザがスケープゴートにされた。大きな屈辱を味わったブラジルは、ロドリゲスの言う「迷い犬症候群」を払拭できずにいた。

 それでも1962年に、ブラジルは「フットボールの国」になっていた。世界で最も優れたフットボールの国というだけではなく、国の自画像や国際的なイメージもほとんどがフットボールによるものになっていた。

 この話をもっともうまく書いているのは、イギリス人ライターでフットボールの歴史をつづった『ボールは丸い(The Ball Is Round)』の著者であるデイビッド・ゴールドブラットだ。今回、彼はブラジルのフットボール史をたどる『フチボウの国──フットボールから見たブラジル史(Futebol Nation: A Footballing History of Brazil)』を出版した。「誰かが書かなくてはならなかった」からだと、ゴールドブラットは説明している。これに似た本はほかにない。もしかすると、ポルトガル語の本にもないかもしれない。

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