アンチェロッティが語る「レアルで自分がやるべきこと」

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 アンチェロッティはプレッシャーとどうつき合っているのか。「私はこの世界でそれなりに経験があるから......。結果が悪くても失望しないし、結果がよくても浮かれない。この仕事が好きだから、プレッシャーはそんなに感じない。監督にかかるプレッシャーは特別なものではないよ」。それから彼は僕を受付まで連れていき、タクシーを手配してくれた。

 かつてレアルの監督を務め、腹周りと落ち着きがアンチェロッティと似ているオランダ人のフース・ヒディンクは、スペインではどんな監督でもいつクビになってもいいという覚悟がいると語ったことがある。スペイン人が「フィニキト(清算)」と呼ぶ手続きだ。ヒディンクはこう説明する。

「この国ではクビになることが不名誉ではない。物事はこんなふうに進む。ある日突然、クラブ会長のオフィスに呼ばれる。『ミスター』と、会長は言う。『ミスター、もう終わりにしたほうがいい』。彼はハグをしてから『明日、会計担当のところに行ってくれ』と言う。翌日、会計担当のところへ行き、小切手を受け取る。通りの隅のほうで、金の詰まったスーツケースをもらう。これで一件落着。スペインで監督はロマンチックに殺される」

 アンチェロッティもいつかは「フィニキト」を経験する。「ラ・デシマ」を達成した後かもしれないが、達成する前のほうが可能性は高い。しかし彼は、それを不名誉だとは思わない。故郷エミリア・ロマーニャでトルテリーニを食べながら、旧友たちに話す逸話がひとつ増えるだけだ。

 それから彼は別の仕事を手にする。名の知れた監督のなかで、どの国にも適応できて、クリスティアーノ・ロナウドからシルビオ・ベルルスコーニまで誰とでもうまくやれる人物は、他になかなかいるものではない。

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