多国籍チームを率いる方法を身につけたアンチェロッティ (3ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 しかし、なぜFAカップ決勝という重要な試合でその手に出たのか。「選手は戦術に忠実にプレイするだろうと思った。自分たちで決めた戦術なのだから」と、アンチェロッティは言う。「ときには私が戦術を示すが、選手が本当にわかっているかどうか不安なことがある。そういうときはジョークを仕掛ける。『戦術をわかったか?』『イエーッ!』『もう1回聞くぞ、戦術をわかったか?』『イエーッ!』みたいに」。チェルシーはポーツマスを1-0で破り、ダブルを達成した。

 アンチェロッティは自分の戦術の柔軟さや、うぬぼれのなさ、落ち着いた態度を,彼のことが好きではなさそうな監督とよく比べて語ってきた。ジョゼ・モウリーニョである。チェルシーを率いてモウリーニョのインテルと2010年に戦ったときのことを、アンチェロッティは自伝にこう書いている。「彼と私はサン・シーロの廊下で会い、約束をした。もう口げんかも論争もしない。これだけの言葉と握手を交わしただけだが、私たちは10秒で理解し合えた」

 チェルシーがプレミアリーグを制したときには、モウリーニョがアンチェロッティにメッセージを送った。「うまいシャンパンを」。インテルがセリエAを制すると、今度はアンチェロッティがモウリーニョにメッセージを送った。「うまいシャンパンを。ただ飲みすぎに注意」

 それでもアンチェロッティの自伝はモウリーニョのことを皮肉っぽく持ち上げている。「偉大なコミュニケーター」「記者会見に君臨する王様」「スペシャルな監督」といった具合だ。そのうえでアンチェロッティは、自分のことを「トルテリーニ(詰め物をしたパスタ)を食べすぎて腹の出たエミリアの男」とだけ評する。

 チェルシーに長くいられる監督はなかなかいない。2011年、パリ・サンジェルマンを手に入れたカタール人のオーナーが、フランスへ来ないかとアンチェロッティに声をかけた。フランスで彼は、また新しい文化に出会うことになる。

「イングランドの選手の問題は、ときには練習で100%の力を出さなくてもいいとわかっていないこと。100%の力を出さないことが重要な練習もある。逆にフランスの選手は、なぜ毎日の練習で100%出さないといけないかを理解できない」

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