冬休みに読みたいすばらしき「スポーツ本」

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 イギリスの作家がパブリックスクール(私立の名門学校)で学んだスポーツは、たいていクリケットだった。1900年ごろのロンドンでは、夏の土曜の午後になると、どこかのクリケット場でアーサー・コナン・ドイル(「シャーロック・ホームズ」の生みの親)やA・A・ミルン(「くまのプーさん」の生みの親)、P・G・ウッドハウス(「天才執事ジーブス」の生みの親)やE・W・ホーナング(「義賊ラッフルズ」の生みの親)、あるいはJ・M・バリー(「ピーター・パン」とアラハクバリーズ・クリケット・クラブの生みの親)といった作家たちが同じチームでプレイしていたかもしれない。キュウリのサンドイッチをつまみながら過ごすティータイムの会話は上品なものだったにちがいない。数十年後には、ノーベル文学賞も受賞した作家・脚本家のハロルド・ピンターと、チェコスロバキア生まれの作家トム・ストッパードが、ロンドンの同じクリケット場でプレイしていた。

 しかし、このうち誰もクリケットについてきちんと書いたことがない。クリケットの大ファンで、自らアイルランドのダブリン大学でプレイしていたサミュエル・ベケットも書かなかった。哲学者のA・J・エイヤーは、50年代にフットボールのマッチリポートをオブザーバー紙に書いていたが、それは本業の思索を休むためという意味合いが強かったようだ。彼のお気に入りの書き出しは「試合は3時ちょうどに始まった」というものだった。

 90年代以前にイギリスのスポーツを書いた優れた本は、ほとんどが外国人の作品だった。トリニダード・トバゴの作家C・L・R・ジェイムズは『ビヨンド・ア・バウンダリー(壁の向こう側)』(1963年)で、クリケットという競技は人種問題と帝国主義を映し出していると書いた。アイルランドのフットボール選手イーモン・ダンフィーの『オンリー・ア・ゲーム?』(1976年)は、今でも選手がイングランドのフットボールについて書いた最高の本だろう。南アフリカのテニス選手ゴードン・フォーブズの『ア・ハンドフル・オブ・サマー(ひと握りの夏)』(1978年)は、若さを書いた不朽の名作だ。

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