「我を通し」本職ボランチに戻った長谷部誠。日本代表での手応えは?

  • 了戒美子●文 photo by Ryokai Yoshiko
  • 木場健蔵●写真 photo by Koba Kenzo

 試合後マガトは「日本人は規律に従うから、長谷部ならやれると思った」と、能力云々ではなく、指示に逆らわないから誰もやりたがらないGKにしたのだと説明した。長谷部はそのコメントを聞き苦笑いをした程度だったが、この出来事は象徴的だったように思う。なんでもやってくれる、どこでもそれなりの質を示してくれる。もちろん長谷部も生き残る道はユーティリティ性にあるということを意識していたかもしれないが、今回だけは「わがままを通そう」、つまり、本職であるボランチにこだわろうと決めての移籍だった。

 移籍先のニュルンベルクは加入した時点で2分2敗とすでに窮地にあった。最初の試合は9月の代表戦があった日本から戻った直後に行なわれたブラウンシュバイク戦。準備期間は3日ほどしかなかった。だが、長谷部はすでにチームの中心にいた。選手はボールを持てば長谷部を見るし、長谷部がボールを持てば動き出す。ボランチでゲームを組み立て支配する役回りを自然に引き受けていた。

「今日もセカンドボールを拾えていたのも、拾えないのもあった。中盤を落ち着かせるところをやってかないといけないと思う」とデビュー戦を冷静に振り返り、新たな課題を口にしている。

「ボールを持った時はいいんですけど、守備の部分だったり、球際だったりで、やはりあのポジションだったら75パーセントくらいは勝たなきゃいけない。こっちではツバイカンプフ(1対1での競り合い)と言いますけど、ドイツでボランチをやるからにはそこが自分の課題。そこをもっともっと求めていきたいし、小さいミスもなくしていかなきゃと思う」

 守備的なタイプのボランチと組んで攻め上がることよりも、いかにチームを落ち着かせるか、中盤の底で戦うことで安定感を持たせられるかという点を自分に求めている。若い日の、もしくは代表で見せる長谷部のボランチ像と、長谷部がニュルンベルクで取り組もうとしているそれとは、少々違うのかもしれない。

 キャプテンシーという点でも、周囲は自然と頼りにする。小競り合いが起きれば長谷部が仲裁に行き、審判との間にも入る。言葉ができるということもあるだろうが、例えば同僚の清武弘嗣などが買って出る役回りではない。加入直後のブラウンシュバイク戦では中途半端なタイミングで審判に食ってかかり警告を受けたが、その後はスムーズに調整役を務めていた。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る