モイーズはマンチェスター・ユナイテッドの成績を上げることができるか (2ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 イスタンブールのヒルトンホテルでビールを飲みながら、後には『サッカーノミクス』(邦訳『「ジャパン」はなぜ負けるのか──経済学が解明するサッカーの不条理』NHK出版)という本を一緒に書きながら、僕はステファンがフットボールについて独自の視点を持っていることに気づかされた。フットボールには大半の人が何かしら意見を持っているが、ステファンは自分の意見を支えるデータまで持っていた。

 ステファンの分析によれば、たいていの監督の仕事はクラブの順位と関係がなかった。それ(監督)よりはるかにものをいうのが金である。たとえば選手に高い給料を払っていたクラブは、それだけリーグの順位が高かった。チームの順位を選手年俸の総額から予測できるものより引き上げたことのある監督は、10人に1人いるかどうかだろう。つまりベンチの監督席にテディベアのぬいぐるみを置いたところで、それほど違いはないということだ。

 しかしマンチェスター・ユナイテッドのような一流クラブは、年俸総額から予測されるものより高い順位を上げられる人物を監督に据えてきた。ステファンは1974~2010年にイングランドのクラブで指揮をとった監督たちを分析し、選手年俸から予測できる順位より上の成績を上げた監督のランキングを作成した。それによるとファーガソンは2位、モイーズは25位だ。ここで浮かび上がる疑問がひとつ──有能な監督たちは、どうやってクラブの成績を上げているのだろう?

 イギリス人がフットボールの監督に抱いているイメージは、第2次世界大戦時の偉大な首相ウィンストン・チャーチル並みのリーダーシップを兼ね備え、しかも心理学者のような素養を持つ人物だ。監督は選手のモチベーションを高め、「チーム・スピリット」を築き上げ、対戦相手の監督との間に微妙な「心理戦」を展開する......。ファンやメディアは、ついそんなイメージを描きがちだ。無理もない。監督たちはほぼ毎週、チャーチルが演説を行なったような雰囲気の場所で記者会見を行ない、大げさな言葉を並べたてている。

 しかし監督を心理学者のように考えるのは、お門違いだ。そもそもプロ選手で、監督に「やる気」を出させてもらわないといけないプレイヤーはほとんどいない。マンチェスター・ユナイテッドの選手だったら、自分のモチベーションの高め方など、とっくに心得ていないとおかしい。自分のモチベーションを上げられないなら、ユナイテッドでプレイできる時間はもうそれほど長くない。

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