サンダーランド新監督がイングランドに波紋を呼んだ理由

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 ここには、やや面倒な事情がある。ディカーニオが信奉している「ファシズム」は、3つの文脈でそれぞれ別の意味を持っているからだ。イギリスとイタリア政治、そして彼が育った70年代のローマの3つである。

 まず、イギリス。この国では、大半の政治家が無条件に支持する基本的な命題が2つある。

「ファシズムと人種差別はよくない」と「移民が流入することはよくない」だ。社会派シンガーソングライターのビリー・ブラッグは「ディカーニオさん、あんたに言いたいことがある。あんたたちファシストは必ず負けるんだ」と言ったが、この言葉には誰も反論しない。イギリスでファシズムに反対することは、あまりに正しくて異論を差しはさめないほどの正義だ。

 しかし、イタリアでは意味合いが違う。ムソリーニはユダヤ人から市民権を奪うなど反ユダヤ的な一連の法律を1938年に制定した。しかし「それまでの彼の政治は悪くなかったという見方は、今もイタリアでかなり支持されている」と、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのイタリア現代史の教授で、イタリアのフットボールにも詳しいジョン・フットは言う。

 現在のイタリアで、右派はムソリーニを称賛することによって反共産主義の立場を示すことが少なくない。イタリアの元首相でACミランのオーナーでもあるシルビオ・ベルルスコーニは、ナチスに殺されたユダヤ人を追悼する今年1月のホロコースト記念日にムソリーニについて触れ、彼がユダヤ人を差別する法律を制定したことは残念だが、「よいことも数多く成し遂げた」と語った。

 ベルルスコーニの下で副首相を務めたジャンフランコ・フィーニは、かつてムソリーニを「この国で最も偉大な人物」と呼んだことがある(だいぶ後になって発言を取り下げたが)。今年2月の総選挙でもコメディアン出身の政治家ベッペ・グリッロが、ファシストの影響を受けた「カーサパウンド」という運動と関わりを持った。ディカーニオはムソリーニを「信念のある高潔な人物」だと言うが、この見方はイタリアでは普通のようなのだ。
(続く)

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