2012.12.26

【フランス】ドメネクが代表選手たちの心をつかめなかった理由

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 おそらく35歳以下のフットボール選手は、そんなことを信じていない。ドメネクの自伝は人種の問題にまったく触れていないが、フランス代表にはゲットー育ちの選手が実に多い。フランスという国が自分のために何をしてくれたのかと、彼らは思うだろう。

 ドメネクが選手の心をつかめなかった最大の理由は、彼が人を動かせないことだ。自伝の中でドメネクが選手に共感を示す個所は、1カ所だけといっていい。リベリーについての件(くだり)で、「さまざまな理由から精神的にきつい状況にあった」と書いた部分だ。しかしドメネクは、すぐにこう続ける。「私の目には、それも彼の甘えにしか見えなかった」。ドメネクは組織を崇拝し、その中にいる人間は軽視する。『孤独』という自伝のタイトルには同情を得ようという意図があるのだろうが、別の真実が含まれている。彼には友だちがいないということだ。

 2006年の秋以降、ドメネクには疲労が増しているように見えた。怒る場面が多くなり、気持ちが沈んでいるようだった。メディアは彼をずたずたにした。たとえば前イングランド代表監督のファビオ・カペッロと違って、ドメネクは繊細な人物だ。繊細であることは、この仕事ではマイナスになる。

 今になってドメネクは、もっと早く辞任すべきだったと悟ったようだ。「頂点にいて辞められる人は幸せだ」。ドメネクが監督を続けたのは、自分を戦う男と思っていたからであり、栄光を手にしないうちに退きたくなかったからであり、そしてもちろん金が欲しかったからだ。いずれにしても監督の座にとどまったのは、自分のことだけを考えての決断だった。

 代表はすでに2008年の欧州選手権予選のときから分裂していた(2010年のワールドカップよりもひどい状態だったと、ドメネクはほのめかしている)。この大会でフランスは本選に進めなかった。国民は当然怒ったが、ドメネクが試合後のインタビューで質問を無視し、そのままテレビの生中継でガールフレンドにプロポーズすると、彼の評価は地に落ちた(ガールフレンドも激怒した)。2年後の南アフリカでは、彼のチームの崩壊が世界に生中継された。