【イングランド】マンチェスター・シティは金だけでなく頭を使った (3ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki
  • photo by GettyImages

 アブダビの新オーナーに買収された直後の2008年8月、シティが最初に買った選手がブラジル人ストライカーのロビーニョだった。移籍金は当時のイギリスで史上最高額の3250万ポンド(当時のレートで約65億円)。しかしロビーニョはマンチェスターになじめず、やがてクラブを去った。シティには大きな教訓が残った。

 カリントンのトレーニングセンターの壁に、マンチェスター周辺の地図が貼られている。通りすぎる選手の目に嫌でも入るようになっている。地図に描かれているのは、選手が住むのにおすすめのエリアだ。ナイトライフを楽しめるマンチェスターの中心部は、当然ながらおすすめに入っていない。

 シティの「プレイヤー・ケア部」にとっては、この地図が最初の一歩だった。この部は2009年に現在のようなフルタイム3人の態勢になり、海外から来た選手がかかえるあらゆる問題に対応することをめざした。ナニー(子守)が必要なら紹介したし、トレーニングセンターの壁に「おすすめの自動車整備会社」のリストも貼った。それより何よりシティは、選手の日ごろの習慣からガールフレンドの食事の好みまで、契約前から調べ抜いていた。

 昨年夏、シティはアルゼンチン人のセルヒオ・アグエロと契約した。アグエロの才能を疑う人はいなかったが、イングランドのフットボールと雨の多い田舎での生活に適応できるのかと疑問に思う人はけっこういた。3800万ポンド(当時のレートで約48億円)というアグエロの移籍金は、シティにとっても大きな賭けに思えた。

 しかしアグエロは、カップ戦も含めて30ゴールをあげた。そのゴールのひとつが、最終節のクイーンズ・パーク・レンジャーズ戦でロスタイムに決めたものだった。これによってシティは、実に1968年以来の1部リーグ王者に輝いた。
(続く)

3 / 3

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る