【CL】「敗戦の理由が見つからない」。美しく散ったバルサが貫いた美学 (2ページ目)

  • 山本美智子●取材・文 text by Yamamoto Michiko
  • photo by Rafa Huerta

 だが、前半ロスタイム、チェルシーはラミレスがループシュートを決めて2-1と状況をひっくり返した。これで2試合合計は2-2。しかし、このままではアウェーゴールで上回るチェルシーが勝ち上がることになる。ここから、バルセロナは焦燥感にかられた。

 後半3分には、ドログバがエリア内でセスクにファウルを犯し、バルサ有利の笛が吹かれたものの、そのPKを蹴ったメッシは、この決定的な場面でボールをネットに収められなかった。

 先日のクラシコでもゴールを決められず、メッシの調子について疑問視する声がメディアから出たことに対し、グアルディオラは「ここまで私達が来たのは、彼(メッシ)がいたから。彼に対する私の敬意はとどまることを知らない」とかばった。無精ひげもそり、気分を一新して望んだメッシだったが、周囲の期待に応えることはできなかった。


 さらに、後半ロスタイムには、途中出場したフェルナンド・トーレスに同点弾を決められ、決勝進出の道は完全に閉ざされた。結局、「チャンピオンズリーグのファイナルに2年連続で進み連覇することはできない」という呪縛は、バルセロナでも解くことはできなかった。
 
 そのトーレスは試合後「いいサッカーをした方が必ず勝つとは限らない。サッカーとはこういうもの」と話し、チェルシーのディ・マッテオ監督にいたっては「私達が決勝に進んだのは、公平ではない」とコメントした。それほど、両チームの試合内容の差は大きかった。

 バルセロナのサポーターというのは、チームに勝つことだけでなく、「美しく勝つ」ことを常に求める。勝っていても美しくないとブーイングすることがあるほどだ。そして今回は、敗戦を意味するドローに終わった試合となったが、全力を尽くし、美しいサッカーを目指したチームにサポーターは最後まで拍手を送り、大声援を送り続けた。

「バルサファンでいることは、何よりも素敵なことだ」

 カンプノウにバルササポーターのチャントが響いた。決勝進出を逃したとしても、自らの美学を捨てなかったチームと僕たちは一緒にいる......。カンプノウに足を運んだ人々は、そんな思いを伝えるために、決勝の舞台を逃し、肩を落とす選手に向かって試合が終わっても歌い続けたのだった。

 勝つために攻め続けたバルセロナと勝つために守り続けたチェルシー。ふたつの全く異なるスタイルは、それぞれが信じる道の探求だ。

「負けるとしたら、これが最良の形だったと思う」と試合後に話したセスクの言葉が示すように、バルセロナは他の負け方を知らない。

 たとえ、倒れることがあったとしても、攻め続け、前を向いて倒れて、また、立ち上がる。バルセロナは、今の攻撃的なスタイルを浸透させるために30年以上の時間をかけて、これを繰り返してきたのだ。

 このプレイスタイルは、バルサの根本であり、宝だ。2年前、グアルディオラは、バルサのサッカーについて「すべての始まりはクライフ。もし、私達が罪を犯すとしたら、このスタイルを手放してしまうことだろう」と言っている。

 まずはグアルディオラの監督続投の契約更新に着手する必要があるが、バルサはその礎(いしずえ)をそのままに、さらなる美学の完成を目指して、再びその修復を始めなければならない。

2 / 2

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る