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【Jリーグ】「貴公子」レオナルド ブラジル代表のレギュラーがなぜ鹿島にやってきたのか

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第13回】レオナルド
(鹿島アントラーズ)

 Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。

 第13回は、現役バリバリのブラジル代表として鹿島アントラーズでプレーしたレオナルドを紹介する。自身が所属した間にタイトルをつかむことはできなかったものの、「貴公子」と呼ばれた男は、鹿島はもちろんJリーグの歴史に強烈な足跡を残した。

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レオナルド/1969年9月5日生まれ、ブラジル・ニテロイ出身 photo by AFLOレオナルド/1969年9月5日生まれ、ブラジル・ニテロイ出身 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 1994年から1995年にかけてのJリーグは、セレソン・ブラジレイラことブラジル代表選手が続々と来日したタイミングである。

 1995年8月に国立競技場で行なわれた日本代表対ブラジル代表の試合では、GKジルマール(セレッソ大阪)、右SBジョルジーニョ(鹿島アントラーズ)、CBロナウド(清水エスパルス)、MFドゥンガ(ジュビロ磐田)、MFセザール・サンパイオ、MFジーニョ(いずれも横浜フリューゲルス)、MFレオナルドの7人が、Jリーガーとして出場している。

 その先駆けが、レオナルドである。

 Jリーグ移籍は清水のロナウドのほうが早かったが、1994年のアメリカワールドカップで彼は控えCBだった。それに対してレオナルドは、左サイドバックのレギュラーとしてアメリカワールドカップに出場していた。

 決勝トーナメント1回戦のアメリカ戦で退場処分にならなければ──相手選手をふりほどこうとした手が、顔面にバッチリ入ってしまった──レオナルドはレギュラーとして決勝戦までピッチに立っていたはずである。

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Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち

著者プロフィール

  • 戸塚 啓

    戸塚 啓 (とつか・けい)

    スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本サッカー』(小学館)

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