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【Jリーグ】佐藤寿人は森保監督の言葉で原点を見つめ直した「ストライカーの責任から逃げていた」

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei

【新連載】Jリーグ語り草(2)
佐藤寿人の2012年
「就任1年目で初優勝。新人監督・森保一の手腕」中編

◆佐藤寿人・前編>>「ルーキー監督」森保一が降格候補チームをJ1優勝へ導いた手腕

 2012年のJ1リーグ、開幕──。サンフレッチェ広島はスタートダッシュに成功したものの、優勝の二文字を口にするほどの自信があったわけではない。自身も期待されていないことを感じていたという。

 それでもこの年、佐藤寿人はキャリアハイのゴール数をマークし、得点王に輝くことになる。キャリアの下り坂に差しかかったエースの覚醒を導いたものとは、いったい何だったのか?

 ターニングポイントとなった試合、優勝を意識するようになった出来事など、佐藤寿人が初戴冠の舞台裏を明かす。

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佐藤寿人は30歳でJリーグMVPと得点王に輝いた photo by Getty Images佐藤寿人は30歳でJリーグMVPと得点王に輝いた photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る チームも、僕自身も、さほど期待されないまま迎えたシーズンでしたが、開幕前にかけられた森保(一)さんの言葉が、僕にとっては大きかったです。

「もう1回、自分の仕事に専念してほしい」って言われたんですよ。「チームを引っ張らなければとか、背負わなければいけないという思いがあるのはわかるけど、自分の仕事を、責任を持ってやってほしい。それが結果的に、チームを引っ張ることにつながるんじゃないか」って。

 その言葉で、自分の原点を見つめ直すことができました。僕は当時、キャプテンではありましたけど、点を取ることをあらためて追求していこうと。

 前の年はチュンソン(李忠成)というすばらしいストライカーがいたので、彼にも点を取らせたいという思いを持っていました。僕自身も若い頃は、コンビを組んでいたウェズレイに取らせてもらっていたので、同じように彼のためにやりたかったんです。

 でも一方で、自分が絶対に点を取らなきゃいけないっていう「ストライカーとしての責任」から逃げているんじゃないかとも感じていました。そういう思いがあるなかで、森保さんに言われたことで、気持ちが吹っ切れましたね。

 もちろん、チュンソンがいなくなった(サウサンプトンに移籍)わけで、自分がやらなければいけない。ダメだったら叩かれるわけだし、ポジションも奪われるかもしれない。あの年は、それくらいの危機感を持っていました。

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著者プロフィール

  • 原山裕平

    原山裕平 (はらやま・ゆうへい)

    スポーツライター。1976年生まれ、静岡県出身。2002年から『週刊サッカーダイジェスト』編集部に所属し、セレッソ大阪、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、日本代表などを担当。2015年よりフリーランスに転身。

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