「オールドルーキー」になって3年。元サッカー日本代表・坪井慶介が振り返る引退の寂しさと息子たちに話したこと (2ページ目)

  • 篠 幸彦●取材・文 text by Shino Yukihiko
  • photo by Getty Images

2人の息子にはしっかり話をした

――引退することを奥様に相談はされました?

「引退を悩んで相談というのはなくて、『そろそろ辞める時期が来たかな』といった話はしましたね。最後のほうは奥さんも『まだやるの?』みたいなところはあったと思うんです(笑)。だから引退を伝えた時は、ちょっとうれしそうというか、すんなりと『お疲れさまでした』という言葉をもらえた気がします」

――ドラマでは主人公の子どもたちが口も聞いてくれないという感じに描かれていますが、坪井さんのお子さんはどう受け止めていたんですか?

「うちの場合は息子2人と娘1人で、娘は『パパが家にいるからうれしい』という感じでしたけど、息子2人はサッカー選手としての父親像をかなり強く持っていたので、残念そうでしたね。ただ、引退した時は彼らも小学6年と中学3年だったので、受け入れる覚悟は整えてくれていたと思います。湘南や山口へ移籍する時に、その都度長男と次男にはちゃんと話をしてきてもいました」

――どんな話をされたんですか?

「移籍するたびに『いろんなことを言われるかもしれない。パパは辞めるのかとか。だから前もって2人には伝えて、覚悟しておいてほしい。プロサッカー選手は、誰しもいつかは引退する時が来るから、それを2人もちゃんと理解してもらわなきゃいけないよ』と。

 やっぱりサッカー選手の息子としていい思いをしたこともあったと思うんですよ。だからその分、こういうのも受け入れる必要もあるんだと伝えていました。どうしても耐えられなくなったら、いろいろ言ってくる子には『親父は家にいるから直接文句言ってこい!』と言いなさいと、そんな話をしていましたね(笑)」

――ケガなど様々な理由で、本人としては不完全燃焼な形で引退せざるを得なかった選手たちも周りにはいたと思います。そういった人の引退後はつらそうだなと思うことはありました?

「湘南に移籍したのが35歳なので、その頃に周りの近い年齢で辞めていく、あるいはすでに辞めた選手たちと接する機会は多かったです。やっぱりみんなひと言目に『現役がよかったな』と言う人がほとんどなんですよね。その頃は、その言葉の本当の意味に気づけていませんでしたけど、現役に未練がある選手たちのリアルなところを『オールドルーキー』は描いていたと思いますね」

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