節目の年に初のJ2昇格を決めたいわてグルージャ盛岡。来季のJ3は史上最も熾烈な戦いになる

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki

 岩手サポーターも、座席のない"芝生席"のゴール裏を中心に200人ほどが集まっていた。「グルージャ」はスペイン語で鶴を意味し、鶴の被りものをする人もいて、横断幕には「一岩昇鶴」とあった。岩手出身である宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の幕は、地方色が出ていて妙に味わいがあった。彼らはほとんど立ちっぱなしで声援を送り続け、ひとりひとりの熱気はJ1、J2、J3というカテゴリーを超えていただろう。

「昇格」

 その夢は原動力となった。しかし裏を返せば、負けられない緊張感ともなっていた。

「選手が緊張でガチガチでした。想定はしていましたが、それ以上でした」

 岩手を率いる秋田豊監督は言ったが、サッカー人生の岐路に立つ戦いの緊迫感に動きは重かった。J3とJ2では、財政面などで大きく違う。1シーズンを戦ってつかみ取った最終切符を手放すわけにいかず、「もし失ったら」という不安感にもなった。

 事実、前半は沼津が主導権を握っている。ボールをつなげ、運ぶサッカーをしてきた痕跡が見えるチームで、緊張で硬さが出た岩手を凌駕していた。ギャップに入ってボールを受け、フリックで崩すなど、J3で14位(下から2番目)とは思えず、どちらが昇格を争うクラブかわからないほどだった。

 しかし、後半に入ると、前に出た岩手がセットプレーで優位に立つ。サッカーの質で勝ったわけではないが、うまく相手のつなぎを引っかけ、カウンターを仕掛け、押し込む。そして60分、右からのクロスが相手のDFとGKが交錯してこぼれ、牟田雄祐が決めた。その5分後、きれいに左サイドを崩されて同点に追いつかれたが、その後は守りきって1-1の引き分けに持ち込んだ。

「試合が終わってサポーターに挨拶に行って、みんなの顔を見て、声を聞いた時に、歴史を変えることができたんだ、と思いました。今日の90分も苦しかったですが、ひとつひとつ乗り越えた結果が昇格なんだなと」

 J2昇格の殊勲者になった牟田は言う。

「震災から10年、岩手でサッカーが盛り上がっているのを感じています。プロサッカー選手として、少しでも元気や勇気を届けられたらと思っているので、自分たちが目標に向かって成し遂げたことが、前向きに挑戦するきっかけになったら......。自分たちも、ここからが本当のグルージャのスタート。(J2で)一丸となって戦っていきたいです」

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