中村憲剛と佐藤寿人が断言。この2人の監督が日本サッカーを劇的に変えた (3ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

---- ミシャ監督はフィジカル強化よりも、ボールを使ったトレーニングを重視していたんですよね。そのなかでフィジカルも鍛えられるという考え方で。

佐藤 もちろん勝ち負けはありますけど、サッカーはエンターテイメントの側面もある。このサッカーを見に来てくれた人が、またスタジアムに来たいと思わせるサッカーを追求していたと思います。とくに広島は地方クラブなので、そこを重視していたんじゃないですかね。

 最初はリスクでしたよ。GKを使いながら回して、縦パスが引っかかってミスから失点する。広島もそうですし、浦和でも、札幌でも、ミシャさんが指揮した初期の頃のチームは"安い失点"が多かったですね。ミシャサッカーを体現するうえで、代償は大きかったですよ。

中村 そもそも、そういうサッカーを今までやってきていないわけだから、体現するのは難しい。とくに後ろの選手の頭を書き換える作業が一番大変だったと思います。風間さんの時も、ディフェンスの選手の頭の中が変わって、反応してくれないと成り立ちませんでしたから。たしか、風間さんの初陣は広島戦だったよね。寿人にも点を取られて、たくさん点を取られた記憶がある。

佐藤 スペースがスッカスカでしたよ(笑)。

中村 (笑)。ただ、あの試合でパスを27本つないで取った1点。あれで、自分たちのこれからの道筋が決まったんです。

佐藤 しかも、点を取ったのは(伊藤)宏樹くん。ディフェンスの選手がFWの選手のように点を取りましたよね。

中村 ここからやるぞという意味では、十分な1点でした。ポリシーはもちろん重要ですけど、監督は先が見えてやっているかどうかというのも重要なんです。あの試合はたしかに完敗だったけど、先につながる試合だった。そこが見えるのと見えないのとでは、大きく違ってきますから。

佐藤 本当にそうで、ミシャさんにしても、風間さんにしても、たとえ結果が出ないなかでも先につながる希望が見えましたからね。

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