2021.05.10

鹿島を率いて9年。トニーニョ・セレーゾが語る日本サッカーの成長

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

 彼が日本にいた時代はちょうど日本サッカーの過渡期にあった。

「それまで日本では野球が常に一番の人気のスポーツだったが、それにサッカーが追いつく時代だったと思う。学校教育では体育が重視され、サッカーなどの部活も盛んだったが、問題は学校を卒業しても、プロのサッカーに向き合うスキルを持っていないことだった。だから加入してきた若手には、まずは早急にテクニックと戦術の教育が必要だった。ボールに対してどう体を使うか、敵をかわしてどのようにボールを扱うかを教えることが必要だった」

 2013年、トニーニョ・セレーゾは再び鹿島の監督として日本に戻ってきた。そしてJ1の監督として100勝を達成した。この時、日本サッカーの変化を肌で感じたとセレーゾは言う。

「本当に革命的な進歩を遂げたと思う。この20年で日本ほど急激にサッカーが成長した国は世界にないのではないか」

 最近、トニーニョ・セレーゾの名前がブラジルメディアの間であがったのは、彼の親子関係についてである。彼には4人の子供がいるが、息子のひとりは性転換手術を受けてトランスジェンダーのモデルとなった。レア・Tという名前で、ジバンシィなどの広告にも起用されるスーパーモデルである。

 だが、トニーニョ・セレーゾはそんな息子をどうしても受け入れることができず、電話にも出ない日が続いた。「子供は3人だけだったと思うようにしている」とも言っていた。しかし、やがてその考えを変えた。2017年にブラジルの有名番組に親子で出演し、今では彼女のことを誇りに思っていると告げた。

「自分がセレーゾを名乗ることで、父の名声を傷つけるのではと恐れていた」という彼女に、トニーニョ・セレーゾは「世界中の仕事を失っても構わない。君の父親であることを誇りに思う。君の幸せが私の仕事の犠牲になってほしくない」と答えた。

 現在、トニーニョ・セレーゾは66歳、2015年にアントラーズを辞めた後は、どこのチームも率いていない。しかし、まだまだ監督は続けたい考えだ。