小笠原満男にとっての3.11。「東北人魂」は変わらず。被災地からJリーガー誕生を願う (3ページ目)

  • 佐野美樹●取材・文・撮影 text & photo by Sano Miki

 それから小笠原は、シーズン中でも時間を見つけては、何度も、何度も現地に足を運んだ。イチから土地を探すところから始まったが、小笠原の情熱に押されて、やがて大船渡市の行政も動き出した。そして、実にプロジェクト発足からわずか1年で土のグラウンドが完成し、それからさらに5年後にはグラウンドの全面人工芝化が実現したのだった。2017年の年末のことだった。

「うれしかったというか、ホッとしたというか。本当に、いろいろな人の協力や、多くの方々の募金のおかげで叶ったと思っています。とくに、一緒に先頭に立って頑張ってくれた同級生には本当に感謝しています」

 そのグラウンドでは現在多くの大会が誘致されており、東北人魂の冠がついた大会も行なわれている。東北人魂カップには、小笠原の提案でアントラーズのスクール選抜の子どもたちも参加している。それには、理由があった。

「鹿島って、海が近いんだけど、避難警報が来てもあんまり逃げなかったり、ピンときてなかったりというか......そういう意識が少し低いんですよね。そこで、参加チーム数が増えることもいいことだし、ちょうどいいので大会に参加してもらって、震災ってこうだったんだよって話を鹿島の子たちにも自分たちの目で見て、聞いてほしいなと思って提案しました。

 最初の頃は僕が震災や防災について説明していたんですけど、毎回帯同しているコーチが同じなので、次第にコーチのほうから「自分たちでやりますよ」って言ってくれて。今はスクールのコーチが引き継いでくれています。一昨年には岩手・陸前高田に『東日本大震災津波伝承館』もできたので、そこに子どもたちを連れて行って、ガイドさんに話してもらっています」

 ここ4、5年で、東北人魂の活動もフェーズが変わり、イベントではなく、よりサッカーに重きを置いていこうと前進。東北サッカーの発展のために大会を作り、子どもたちが真剣にサッカーに取り組める場を提供することに注力している。大船渡の大会はそのひとつで、主に小笠原を中心に執り行なっている。

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