2021.01.21

オシム・ジェフは休みなしの定説に当時のコーチが反論。休息はあった

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

 当時のジェフでは、欧州から監督を招く路線が続いていた。そして2002年に元チェコスロバキア代表監督のジョゼフ・ベングロシュが、2003年には元ユーゴスラビア代表監督のイビチャ・オシムが監督に着任したのである。

「(当時GMの)祖母井(秀隆)さんから『オシムさんと交渉している』と聞いていたけど、長引いていて。韓国キャンプが始まる段階になっても決まらなかったから、キャンプではコーチだった僕らが指導したんです。本当に来てくれるのかな、と心配していたんですけど、2週間くらい経った頃かな、祖母井さんから『契約できた』という連絡がきて、オシムさんが韓国にやって来た。その後の1週間はオシムさんが指導したんです」

現在、小倉は横浜F・マリノスのスポーティング・ダイレクターを務める(写真:横浜F・マリノス提供) まるで陸上選手のように選手たちが徹底的に走らされた韓国キャンプで、小倉の印象に残っているのは、キャンプを打ち上げた際のオシムとのやり取りだ。オシムが「帰ったら本格的な練習をやろうか」と言ったのである。

「え、この3週間もみっちり練習やってましたけどって(苦笑)。これは大変なことになるな、と思った記憶があります」

 2003年シーズンが幕を開けた。ジェフは開幕2連勝を飾ったが、3節でヴィッセル神戸に0-3と大敗したのを契機に、オシムはメンバーを入れ替えた。それまで起用していたベテランを外し、のちにチームの主軸となる羽生直剛と佐藤勇人をスタメンに据えたのだ。

 誰もがアッと驚くメンバー変更と思われたが、小倉は指揮官の決断を予想していた。

「オシムさんがやろうとしていたサッカーを実現するには、技術があって、なおかつ走れなきゃいけない。開幕当初は、これまでチームを支えてきた経験のある選手たちに敬意を払って起用していましたけど、どこかのタイミングで切り替えるだろうな、というのは感じていましたね」

 こうして2トップに崔龍洙(チェ・ヨンス)とサンドロ、トップ下に羽生、2ボランチに阿部勇樹と佐藤、右ウイングバックに坂本將貴、左ウイングバックに村井慎二、3バックに茶野隆行、ミリノビッチ、斎藤大輔、GKに櫛野亮、という顔ぶれが中心になっていく。