オシムに激怒された坂本將貴の回顧。翌日告げられた言葉で真意を知った (4ページ目)

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

 チームの得点源は、韓国代表の崔龍洙だった。だが、オシムはこの絶対的なエースに対しても、特別扱いは一切しなかった。

「ヨンスさんに対してもダメなものはダメって言っていましたし、練習中にミスをしたら走らせていましたね。『ヨンスだけのチームじゃない。ヨンスがいなくなったら、どうやって勝つんだ』とも言っていました」

 がむしゃらに走ることが求められた1年目を終え、2年目の2004年になると、いつ走るのか、どこに走るのか、"考えて走る"ことがより求められるようになっていく。

 坂本にとって忘れられないのは、プレシーズンのトルコキャンプだ。身長190cm前後の大男が揃ったヨーロッパのチームと練習試合を重ねたあと、オシムは選手たちに「ここに来て、いい相手と試合をして、どうして我々が走らないといけないか理解できたか?」と問いかけた。

「それはすごく覚えていて。小柄な自分たちがどういうサッカーをするのか。大事なのは質と量と走ること。体を当てられないでプレーすることだ、という言葉が印象的でした。それは、オシムさんが日本代表の監督になったときに、"日本代表の日本化"と言ったのと通じていて、小柄で敏捷性があって、勤勉な日本人の強みを生かしたサッカーを、ジェフでやろうとしていたんだろうなって」

"考えて走る"サッカーに、パスを繋ぐ3年目となる2005年シーズン、ジェフはナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で決勝まで勝ち進んだ。決戦の相手はガンバ大阪。ともにJリーグオリジナル10のメンバーながら、ここまで無冠だった。

 勝ったほうが、初タイトル――。

 その前夜祭で、坂本の感情を揺さぶる出来事があった。

「オシムさんが関係者、メディアを前にした会見で、『ジェフはよく走ると言われますけど、うちの選手たちはしっかりサッカーをやっていますよ』と言ってくれたんです。監督も信頼してくれているんだなって感じたし、それを聞いて、より優勝したい、監督を胴上げしたいっていう気持ちになりましたね」

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