オシムに激怒された坂本將貴の回顧。翌日告げられた言葉で真意を知った (2ページ目)

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

 日本体育大から2000年にジェフに加入した坂本がオシムと出会うのは、プロ4年目のことである。韓国合宿が始まって2週間ほど経った頃、就任が決まった新監督がキャンプ地にやってきた。

「よく言われていることですけど、陸上部なんじゃないかっていうくらい走らされましたね。パスしたらとにかく走れっていうレベルからスタートして、最初の頃は怒られたくないから走る、みたいなところもありました。ただ、シーズンが始まると結果がついてきた。特に4節にメンバーを変えてから勝てるようになって、やっぱり走るのって大事なんだなと思いました」

現在、ジェフのトップチームのコーチを務める坂本(写真:ジェフユナイテッド千葉提供)現在、ジェフのトップチームのコーチを務める坂本(写真:ジェフユナイテッド千葉提供) 2003年J1リーグ1stステージ、開幕から東京ヴェルディ、大分トリニータに連勝したジェフだったが、3節でヴィッセル神戸に0-3で敗れると、オシムはメンバーを入れ替える。それまで起用していたベテランを外し、活きのいい若手を2人、スタメンに抜擢した。それが、大卒2年目の羽生直剛と、アカデミーから昇格4年目の佐藤勇人だった。

 すると、5節で岡田武史監督率いる横浜F・マリノスを3-1で撃破。6節には京都パープルサンガに5-1と大勝。9節では鹿島アントラーズから2-0で白星を挙げるなど、ジェフは巧みに対戦相手を攻略し、快進撃を続けていった。

 もっとも、坂本には当時、練習で相手対策を入念に行なった記憶もなければ、ミーティングで相手の弱点を授けられた覚えもない。

「口数が多い人ではないですからね。ただ、1週間のトレーニングの中に次の試合のポイントが確実に落とし込まれていて、試合になったら同じようなシチュエーションが生まれて、自然とプレーできるんですよ」

 当時、ジェフにはオフがないことでも有名だった。

 一般的に、土曜に試合がある場合、日曜は試合に出場した選手はリカバリーメニュー、出場しなかった選手は練習試合を行ない、月曜日はオフ。火曜からまた次の試合に向けたトレーニングが行なわれる。しかしジェフにはオフがなく、水曜日に練習試合が組まれることも多かった。

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