2020.09.10

「サッカー界の田澤」に見る、
田澤ルール撤廃の必然性

  • 浅田真樹●文 text by Asada Masaki
  • 藤田真郷●撮影 photo by Fujita Masato


現在は鹿島アントラーズでプレーする伊藤翔 ところが、2007年春の高校卒業を前に、"ドラ1候補"が選んだ進路は、フランスのグルノーブル(当時2部リーグ)。高卒の有望株がJクラブを経ることなく、いきなり海外クラブと契約を結ぶという異例の事態は、大きな注目を集めた。

 結果を言えば、伊藤の海外挑戦は成功したとは言い難い。グルノーブルでは思うような出場機会を得られず、2009-2010シーズンの終了に合わせて日本へ戻ることになった。

 とはいえ、当たり前の話だが、日本に戻った伊藤は、一定期間Jクラブと契約できないなどというルールに縛られることなく、清水エスパルスと契約。その後、横浜F・マリノスを経て、鹿島へと移籍し、他の選手と変わることなく、Jリーグでプレーし続けている。

 また現在、浦和レッズでプレーするMF長澤和輝もそうだった。

 八千代高から専修大へ進んだ長澤は、テクニック重視のサッカーで当時圧倒的な強さを見せていた専修大で、攻撃の中心的役割を果たしていた。もしNPBのようなドラフトがあれば、複数クラブの競合間違いなし、だっただろう。

 ところが、長澤は大学4年の2013年冬、大きな決断を下す。それが、ドイツのケルン(当時ブンデスリーガ2部)との契約だった。