2020.07.07

ワシントンが語ったゴール量産の秘密。
常に「人生最後の試合」だった

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

 しかし、この年のレッズにはアジアチャンピオンズリーグがあった。レッズは史上初めて、グループ戦から決勝まで1試合も落とすことなく勝ち進み、アジア代表となって年末のクラブワールドカップの出場権を手に入れた。

 おそらくレッズの歴史は、ワシントンを抜きにしては語れないだろう。クラブワールドカップでは準決勝でミランに敗れたものの、3位決定戦ではチュニジアのエトワール・サヘルを破り、レッズは日本のチームとして史上初めて3位に輝いた。この試合、2-2だった規定時間内の2ゴールも、PK戦の1本目も、決めたのはワシントンだった。

 レッズにとってワシントンはゴールマシンだった。

 結局、日本では3シーズンで85試合に出場し、64ゴールを決めた。浦和時代、なぜ多くのゴールを生み出したのか、その秘密をこう語ってくれたことがある。

「はっきり言って、私の心臓はいつ止まってもおかしくなかった。だから試合のたびに、これが人生で最後の試合かもしれないと思ってプレーしていた。人生最後の試合に手抜きはできない。きっとそれがいい結果につながったのだと思う」