2020.07.07

不屈のFWワシントン。プロ復帰は
無理と言われても心臓疾患を克服した

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

 1年目はセリエBのチームだったが、その翌年はセリエAに昇格し、6位にまで上った。これはポンチ・プレタの史上最高順位であり、同時にセリエBのチームがAに昇格して出した最高成績でもある。歴史的快挙だった。

 ポンチ・プレタの3シーズンで、ワシントンは60ゴールを決めた。1年平均20ゴール。世界は天性のストライカーをここに再び見出した。典型的な背番号9。常に敵に脅威を与える存在。彼は今でもポンチ・プレタの英雄である。

 2001年の4月25日には26歳にして初めてセレソン(ブラジル代表)のユニホームにも袖を通す。日韓W杯予選のチリ戦だった。ワシントンは2001年に日本で開催されたコンフェデレーションズカップも、レギュラーとして戦った(ちなみに彼の代表での初ゴールは、奇しくも東京ヴェルディとの親善試合であった)。

 ポンチ・プレタがワシントンに投資した100万ドルは決して無駄ではなかった。チームの成績もさることながら、2002年4月、彼らはワシントンをその5倍の値段でトルコのフェネルバフチェに売ったのである。

 フェネルバフチェもワシントンの獲得には満足だった。彼らは大金を払ったが、すぐにそれが何倍になってくると踏んだからだ。それは正しい見解だった。順当にいけば――