2020.06.10

エメルソンはサルを連れて練習に。
横浜で完結した壮絶サッカー人生

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

 2009年にブラジルに帰った時、すでに30歳になっていたが、母国で活躍するのに遅すぎることはなかった。その後。彼はブラジルで3年連続、3つの異なるチームで全国選手権優勝を果たす。2009年はフラメンゴで、アル・アイン(UAE)を経て2010年はフルミネンセで、そして2011年はコリンチャンスで。これはブラジルサッカー史上でも唯一の記録である。

 また、2012年には、南米のクラブチームにとっては最重要のリベルタドーレスカップの決勝でボカ・ジュニアース(アルゼンチン)相手に2ゴールを決め、南米チャンピオンとなった。

 そして、クラブワールドカップが行なわれるのは日本だった。こうしてエメルソンは、世界最高峰に挑戦するために再び日本に戻って来た。それも34歳という、普通の選手なら引退を考え始める年齢で、だ。

 2012年12月6日、横浜。対戦相手のチェルシーを率いるのはスペインの名将ラファ・ベニテス。擁する選手たちもペトル・チェフ、ダビド・ルイス、アシュリー・コール、ラミレス、フランク・ランパード、マタ、フェルナンド・トーレスとスター選手がキラ星のごとく並んでいた。一方のコリンチャンスは......世界的に名前が知れている選手はほとんどいなかった。