横浜フリューゲルスの天皇杯優勝。不安と悲しみの中で戦い抜いた奇跡 (2ページ目)

  • 渡辺達也●文 text by Watanabe Tatsuya
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

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 練習環境は最悪だった。大勢のマスコミに囲まれる異様な雰囲気の中、声も出なければ集中もできない。

「これから俺たち、どうなるんだ」「なくなってしまうチームのために体を張って試合ができるのか」......。

 不安な気持ちでいても試合は待ってくれない。合併発表の2日後、セレッソ大阪に7-0で圧勝すると、その後もサンフレッチェ広島、アビスパ福岡、コンサドーレ札幌にも勝ち、4連勝でリーグ戦を終えた。

 その間、選手はチームのフロントと何度も話し合ったが、話は平行線のままだった。選手とチームスタッフによるミーティングも、多い時は早朝、二部練習の合間の昼、午後練習のあとと、1日に3回も行なうことがあった。それでも具体的な案は出てこなかった。最後は感情論ばかりだった。

「もういいよ。天皇杯も出ない」「やってられねえよ。俺も試合をボイコットする」「ボイコットして永久追放になったらどうする?」「天皇杯に出てケガしたら、保証がないし、他のチームに移籍もできない」......。

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