2020.05.08

01年ジュビロに伝説の「N-BOX」誕生。
そこには夢とロマンと儚さがあった

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • photo by AFLO

「そこで、はじめからウイングバックを置かないのはどうだろうかと考えた。もうひとつ、中盤にいい選手が多かったから、彼らの能力を最大限に生かしたいという思いもあった。だから、ワイドに選手を置くのではなく、中盤をコンパクトにして中央を固め、(相手には)サイドにボールを出させて、チーム全体で一気にプレッシャーをかけて奪い取ろうと」(鈴木監督)

 そんなの、無理に決まっている----と言うなかれ。机上の空論になりかねない戦術を機能させてしまうのが、当時の磐田のすごさだった。

 開幕3連勝で迎えた第4節、ライバル・鹿島アントラーズとの序盤の大一番。ピッチ上では、サイドを含めたあらゆるエリアで磐田の選手が数的優位を作って鹿島の自由を奪う。ボールを回収すれば、ポジションを入れ替えながらボールを動かし、ゴールに迫る。全員が同じ意志のもと、淀みなく動く姿は、チーム全体が一体の生き物のようだった。

「相手を挟み込むスイッチは、プレスバックする選手の角度を見極めて、どこから寄せたほうがいいのか決めている。それがハマれば、ボールホルダーの選択肢を数個、減らすことができるからね」とは、ピッチ中央で攻守両面のタクトを振るう名波の弁。