2020.03.31

得点数はJ歴代5位。「史上最強の助っ人」
と評価するにふさわしいFW

  • 浅田真樹●文 text by Asada Masaki
  • photo by Hitoshi Mochizuki/AFLO

 マルキーニョスが、日本でのキャリアをスタートさせたのは、2001年夏。"Jリーガー・マルキ"は、当時2ステージ制だったJ1のセカンドステージから始まった。

 その年、ファーストステージを最下位(16位)で終えた東京ヴェルディは、J2降格を免れるべく、セカンドステージを前にふたりのブラジル人選手を獲得している。そのひとりがマルキーニョスだった。

 25歳のブラジル人FWは、身長174cmと身体的にも"人並み"で、目立った実績もなかったが、来日1年目にして日本のサッカーにフィット。14試合に出場し、8ゴールを叩き出す活躍で、東京Vをセカンドステージ9位へと押し上げ、年間14位でのJ1残留へと導いた。

 そして、2003年に横浜FMへ移籍すると、肉離れなどのケガもあり、フル稼働はできなかったが、それでもFW久保竜彦に次ぐ、チーム2位の8ゴールを記録。2ステージ両制覇の完全優勝に貢献している。数字だけを見れば、スーパーな成績を残しているわけではないが、それが確実にチームの成績アップにつながっている。それが、マルキーニョスのスゴさである。

 なかでも、マルキーニョスの存在価値が最も高まったのが、2007~2009年。すなわち、鹿島が3連覇を成し遂げた3シーズンである。Jリーグ史上ただ一度しか成し遂げられていない偉業を、このブラジル人ストライカー抜きに語ることはできない。

 Jリーグ誕生以来、他クラブを圧倒する20冠を獲得してきた鹿島だが、そのスタイルはというと、4-4-2をベースにした極めてオーソドックスというか、クラシカルなものである。その時々で最先端の戦術を採り入れるわけではなく、能力の高い選手がそれぞれのポジションでそれぞれの役割をこなし、とにかくバランスを崩さず、戦うことで安定した成績を残してきた。