オシムに心酔していた阿部勇樹。自らの移籍についても「相談した」 (2ページ目)

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

「(2003年シーズンは)育成担当のコーチとか、昔の自分を知る人に会うと、『おまえ、変わったよなぁ』とよく言われました。そう言われると、オシムさんの下でサッカーをして、キャプテンをやることで、『変わっていくことができたのかなぁ』と思いましたね。

 実際(練習や試合で)よく声を出すようになったし、表情とかも変わって、明るくなったような気がします。試合で指示を出すこと、(周囲と)コミュニケーションを取ること、相手に自分の思いを伝えること......それらはすごく大事なこと。そうしたことをもっと早く理解していれば、僕のサッカー人生はもっと変わっていたかもしれない」

 阿部の成長は、ピッチ上だけには止まらなかった。オシムの教えや、キャプテンを任された経験から、サッカーに対する姿勢や考え方についても、大きな変化が見られた。

「オシムさんに『考えて、走るサッカー』と言われて、最初はピッチ上のことだけだと思っていたんです。でも、オシムさんは『24時間、サッカーのことを考えろ』とも言っていました。そうして、オシムさんが日々サッカーを見て、過ごしていたことを知り、自分もその影響を受けて、それまで以上に(日頃から)サッカーを見るようになったし、サッカーのことを常に考えて日常生活を送るようになりました。

 サウナに行って、冷水と交互に入って疲れを取ったり、マッサージをする日を決めて、きちんと体のケアをしたり、(プロサッカー選手としての)今につながるルーティンができた。それからは、ケガとかが少なくなりました。若い頃はケガが多かったんですけど、その頃は意識が足りなかったんだな、と思いましたね」

 阿部の存在感は一気に増した。周囲の評価は右肩上がりになり、2004年アテネ五輪を戦うU-23日本代表の中軸にもなった。

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