鉄人・明神智和が引退を決断。
プロ24年間「大事にしてきた言葉」とは

  • 高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa
  • photo by Kyodo News

 そして、2016年の名古屋を経て、2017年には長野へ――。初めてJ3リーグを舞台にした戦いにも、彼のサッカーへの情熱は褪せることなく、先に記した「1つ心残り」な部分を除いては、「幸せな3年間だった」と笑顔をのぞかせる。

「長野Uスタジアムという、本当に立派なスタジアムでプレーできて、たくさんのサポーターの前でプレーできて、幸せでした。長野のファン、サポーターはクラブにとても近い存在で、いつも彼らがスタジアムに入る時に歌ってくれるチャントが大好きでした。その声はいつも心に響いていたし、おかげでがんばれたこともたくさんありました。

 このクラブは、地域の方やファン、サポーターと触れ合う時間もすごく多くて、その時間もうれしい記憶として残っています。練習終わりに差し入れで、リンゴやシャインマスカットをもらったり、山菜をもらったり、近所の方にはいつもたくさんの野菜をいただきました。そういう温かさに触れられたのは、選手としてだけではなく、1人の人間としてとても幸せでした」

(つづく)

明神智和(みょうじん・ともかず)
1978年1月24日生まれ。兵庫県出身。柏レイソルユース→柏レイソル→ガンバ大阪→名古屋グランパス→AC長野パルセイロ。1997年ワールドユース(現U-20W杯)出場(ベスト8)。2000年シドニー五輪出場(ベスト8)。2002年日韓共催W杯出場(ベスト16)。豊富な運動量と鋭い読みで相手の攻撃の芽を摘むディフェンシブハーフとして活躍した。

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