ヴェルディ永井監督が陶芸家から学んだ「芸術としてのサッカー」 (4ページ目)

  • 会津泰成●文・撮影 text&photo by Aizu Yasunari

「普通でないものは、理解されるのは当然遅い。たとえば僕も新作を作るでしょ。でも5、6年は動かない、売れない、誰も見てくれない。それでもあきらめないで作り続ける。すると、ポツ、ポツと売れだして、一気に注目されるようになる」

 そう言って、大嶺氏は際立って存在感のある円筒のオブジェを指差した。

「あのオブジェも、最初は『なにこれ!?』とずっと言われていた。でも今は真っ先に売れるようになった。普通であることも大事だけれど、それはアートとは違う。普通を打ち破るエネルギーがアート。焼き物だろうがサッカーだろうが、エネルギーを発散するものはみなアートだと思う」

 美しい沖縄の海を連想させるような青いオブジェは、波が渦巻いているようにも見え、生き生きと迫ってくる。実用品としてはまったく役に立たないかもしれないが、暗く落ち込んだ気持ちを励ましたり、勇気を与えてくれる気がした。

 先日、来日し基調講演を行なったサッカー界の巨匠、アーセン・ベンゲル氏は「忘れてはいけないのはクリエイティビティ。しかし、そういう選手がクビに、ゲームから外されるのを見てきた。サッカーはアートであり続けなければならない。我々監督がしないといけないことはテクニック、フィジカル、クリエイティブを複合し、実行することだ」と指摘した。

 陶芸とサッカー。ジャンルはまったく異なるが、「感動を生み出す」という意味では相通じる世界があった。

 大嶺氏はこんな話もしてくれた。

「文化にはふたつの視点がある。日常生活で使うような食器や器。これは横軸に広がる量的、生産の世界。もうひとつは、縦軸に限られた濃厚な深まりある世界。徹底していいもの、普通でないものを求め続ける芸術の世界です。どちらも大切。でも僕にとっては、縦軸が普通だね。ただ、すべては禅の教えにあるように『天地同根、万物一体』でつながっていくものなんだ」

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