国籍は関係ない。菊原志郎が「個の育成」で追求する周囲を助けるプレー (3ページ目)

  • 鈴木智之●取材・文 text by Suzuki Tomoyuki
  • photo by Sportiva

 現役時代、華麗なテクニックで「天才」と呼ばれた菊原。指導者に転身して20年以上経ったいま「うまい選手だけが良い選手ではなく、派手なプレーはしないけど、常に良いポジションにいる、味方を助けられる選手も、同じぐらい良い選手なんです」と言葉に力を込める。

菊原は「味方と協力してプレーすることの大切さ」を重点として指導している(写真は菊原氏提供)菊原は「味方と協力してプレーすることの大切さ」を重点として指導している(写真は菊原氏提供)「子どもは評価基準で動くので、点を取る選手だけを評価すれば、それしかやらなくなります。とくに中国の子たちは、自分本位に考える傾向がありますから。でも『パスをつなぐことも大切だよ』と教えると、そこに価値を見出すようになります。それを含めて中国の子どもたちに伝えていって、成長していく中で、あの時、僕に教わって良かったなと思ってもらえたら幸せですね」

 菊原はインタビュー中、「日本人だからとか、中国人だからとかは関係ない」と何度も口にした。サッカーというスポーツを通じて切磋琢磨する仲間であり、国籍はどうあれ、自分が指導した選手であることに変わりはないのだ。

「広州富力のアカデミーには、年代別の国家代表が17人います。いつか、彼らがA代表に入り、日本と試合をしたら...両方を応援すると思います。教え子は教え子ですから。いつか、そんな日が来ると良いですよね。僕の仕事は子どもたちを成長させて、保護者が喜んで、クラブ全体が良くなること。みんなが幸せになれるように努力していきたいです」

 異国の地で奮闘を続ける菊原。彼の丁寧な指導のもとで育った選手たちが成長し、大舞台でプレーする姿を見るのが、楽しみでならない。

菊原志郎
きくはら・しろう/1969年7月7日生まれ、神奈川県出身。小学4年生から読売クラブ(現東京ヴェルディ)でプレー。16歳でトップチームの試合にデビューし、以後同クラブの中心選手として活躍。Jリーグではヴェルディ川崎、浦和レッズでプレー。引退後は東京ヴェルディの育成組織や、U-17日本代表、JFAアカデミー福島、横浜FMジュニアユースでコーチや監督を務める。2018年より中国の広州富力のアカデミーで指導を行なっている。

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