トーレス現役最後の日々。ゆっくり
コーヒーが飲めるのを楽しんでいた

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 藤田真郷●写真 photo by Fujita Masato

「ヘディングとかは、練習から誰も勝てない。少しずれたな、と思っても首が強いから当てて飛ばしちゃう」

 鳥栖のディフェンダー、小林祐三はそう説明していた。

「受け方もうまい。アングルをつけるのは、ふつうパサーの役目ですが、トーレスは横にずれて、オフサイドを回避し、アングルを作って、ディフェンスの矢印を変えられる。だから、不思議とパスが通る。一発でマークを外せるのは、見たことがないです」

 ただ、その魔力は次第に薄れていった。

 2年目のトーレスは、実力全開が期待されるも、ゴールは生まれず、チームは再び残留争いを演じている。クラブはアトレティコ時代にトーレスのチームメイトだったルイス・カレーラスを監督に招聘。「前線の選手は守備をしなくていい」という"トーレス・シフト"で臨んだにもかかわらず、10節まで8試合に出場(6試合に先発)し、無得点だった。

 結局、チーム平均の20倍の年俸を手にしていたストライカーとして、満足できる成績は残していない。かつてはトップスピードのまま、強い下半身で足を振り抜き、ゴールを叩き込んだが、全盛期のプレーにはほど遠かった。シーズン途中での契約解除も、プロの世界では異例だ。

 一方で、格の違いを見せつけることもあった。前線で浮いたボールを胸トラップする、そのダイナミックさだけでどよめきが出た。その点では、彼はひとつの成功を収めたと言える。

 鳥栖の選手たちは、何よりトーレスの人間性に瞠目した。

「聖人君子」と洩らす選手がいるほど、真面目に練習に励む。トレーニング後、ジムで体を鍛える時間は誰よりも長く、その成果として「バキバキの上半身」を誇った。体のケアにもこだわり、リハビリメニューも自ら学んで実践。真摯で、謙虚だった。

「トーレスが来た時、『何かサポートできることがあったら言ってね』と声をかけたんです。でも、『そんなの必要ないよ。ゲームのサポートだけで十分』って。いつも謙虚でした」

 鳥栖のエースとしてプレーしてきた豊田陽平は回顧している。

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