2019.08.03

動じない逸材・西川潤に監督から
重いメッセージ。夏の日本一は通過点

  • 松尾祐希●取材・文 text by Matsuo Yuki
  • photo by Matsuo Yuki

 昨年の決勝後、鈴木監督は西川に向けて、厳しくも愛情に溢れる言葉を送っていた。

「小川航基(桐光学園出身、現水戸)にも同じような言葉を掛けましたが、自分の放つシュートがアジア予選を勝ち抜く1本になるかもしれない。西川は日本の未来も背負ってプレーをしている。そういう1本で景色を変えるプレーを彼には学習してほしい。自分自身で優勝や代表権を勝ち取れるような選手に成長してほしい」

 高校2年生の若者に送るメッセージとしては、少々重いかもしれない。だが西川は、その意味を理解し、脚光を浴びても、心が折れそうな敗戦を喫しても、ブレずにやり続けて結果を出すと心に決めた。

 以降、普通の高校生では味わえないような日々の中で懸命にもがき続けてきた。

 同年の秋に出場したAFCU-16選手権。西川は翌年のFIFAU-17ワールドカップの出場権をかけた国際舞台で、準決勝まで無得点と苦しんだものの、ファイナルでは値千金の決勝ゴールを決めて大会MVPを獲得した。ところが、続く冬の全国高校サッカー選手権では1回戦で大津に0−5で大敗。今度は鼻をへし折られた。

 1月下旬にはレバークーゼンのU-23チームの練習に参加。課題も感じたが、武器である個人技は十分に通用する手応えを得た。そして、2月にはセレッソ大阪への来シーズン入団が内定した。すぐに2種登録されると、3月にはルヴァンカップでJリーグデビューし、4月にはJ1のピッチも経験。注目度は右肩上がりで高まっている。

 期待に応えられる時もあれば、結果を出せない時もある。そうした難しい状況に置かれ、自分を見失ったとしても不思議ではない。それでも、地に足を着けて、戦い続けた。

 飛び級で参戦した5月のFIFAU−20ワールドカップもそうだった。西川は思うようなプレーができず、世界との差を痛感。とりわけ韓国との決勝トーナメント1回戦では相手と競り合った際、ハンドを主張できずにVAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)を取ってもらえなかったのは記憶に新しい。大会後、批判的な声も届いたが、西川は動じなかった。