トーレス、引退へのカウントダウン。歓声にもプライドは満たされず (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

 しかし、トーレス本人が誰よりも、自分の中にあるズレにもがいているはずだ。

 川崎戦もコンディションは不調で、チーム戦術にフィットしていない。トーレスのプレッシングは強度が弱く、プレスバックで川崎のボランチ、大島僚太や田中碧を潰すべきところも、簡単に前へ運ばれてしまう。また、ハイボールか、足もとのポストワークか、裏か、FWとして攻撃意図を明示できていない。ボックス内でも、右からボールを受けて収めながら逡巡し、シュートもパスもできずにボールを失った。左からのクロスは収めきれず、目の前を流れた。

 シーズン途中に、金明輝監督がルイス・カレーラスに代わって指揮を執るようになって以来、鳥栖は戦術練度が劇的に向上している。各選手のやるべき仕事が明確化された。川崎戦も序盤の攻撃時は2バックでサイドバックは両サイドに大きく開き、GKがリベロになって相手のプレスを回避するなど、相手に応じた戦術策が奏功している。

 その結果、トーレスの戦術的不具合が目立つようになった。

 カレーラス時代のトーレスは「守備はしなくていい。ゴールのために体力セーブを」と、戦術外の存在でよかった。ただ、トーレスは先発を続けたにもかかわらず、チームは連戦連敗で、10節まで無得点。ところが監督交代後は、出場時間が激減したにもかかわらず、皮肉にも2得点を記録している。トーレス本人にはストレスがあるとしても、選手は各自が戦術的仕事を果たすことで、結果を出せるものなのだ。

 過去のJリーグでもワースト10に入るかもしれない監督に「甘やかされた」ことで、世界的ストライカーの感覚が鈍った、とも言える。

 川崎の選手は「トーレスは動きも鈍くて、どうしたのかなと」と洩らしていたが、現状は厳しい。

 結局この日、トーレスは1本もシュートを打てなかった。前半は沈黙したまま、53分で見切りをつけられた。プレー内容を考えれば当然の交代命令だったが、本人は憮然とした表情だった。不甲斐ない自分に対する怒りだろう。

<自分はこんなものではない>

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